仕事の都合により、今季は2試合分しか更新できていない状況ですが、

11月頃から少しずつ連載が再開できそうな見込みです。

全く更新していないにも関わらず平均200アクセス/日ほど頂いているのは驚きの一言です。

常連の皆様、新規訪問者の皆様、ありがとうございます。

当ページの更新は、自分にとっても大切な暇つぶし(いい意味で)なので、

今後もFC2が破産でもしない限り、過去記事の削除などする気は一切ありませんし、

以前ほど頻繁ではないにしろ、ちょこちょこ更新していけたらと考えております。

それでは、今しばらく連載開始までお待ちください。



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この記事のURL | 2008.09.26(Fri)16:24 | インフォメーション | Comment : 00 | Trackback : 00 | 

                        



             「本塁打ゼロ」にサヨナラを



○中日5X-4横浜

歓喜と共に舞い上がった打球は、試合を決する劇的な放物線を描いた。
プロ初ホームランが、サヨナラホームラン。
落合監督に「格好良すぎ」と言わしめた打球の主は、弱冠20歳の平田良介だ。

甲子園三連発の実績を引っ提げ大阪桐蔭から入団したのが2005年秋のこと。
以降、怪我に苦しみながらも着々と一軍定着のステップを歩み、
今では堂上兄弟、新井弟をも凌ぐ若手の最有望株にまで成長した。

だが、一見すれば順調な育成過程を歩んでいるように感じられるものの、
本人も周囲も、ひとつだけ満足できていないことがあった。
そう、平田は3年目を迎えて尚、一軍でのホームランがゼロだったのだ。
元々、右の大砲候補として獲得した経緯があるため、
レギュラーを奪うには早く一本を打つことが先決なのだが、
どうしても壁の向こうまで打球を飛ばすことができず、3年目も秋の声を聞く時期にきてしまった。

あと少し、あと少しでレギュラーを掴めるのに、どうしても届かない歯がゆさ。
今年もまた、「本塁打ゼロ」のままシーズンを終えてしまうのか―。
だが、その不安は、最も劇的な形で終焉を迎えることになる。

昼にファームの試合で4号をかっ飛ばしたばかりの平田が代打で登場したのは、
シーソーゲームで同点のまま迎えた9回裏、一死走者無しの場面だった。
ここで立浪兼任コーチが助言をする。「ホームランを狙っていけ」。




                        



その指示通り、得意の右方向へとバットを振りぬいた平田。
「打った瞬間入ると思った」という打球は、竜ファンの待つライトスタンドへ飛び込んだ。

幾度となく行く手を阻んだ「壁」を、ついに破った若武者の一撃。
ニューヒーローの登場を予感させる活躍も、落合監督はこう評する。

「すぐスーパースターにしないでくれ。まだまだこれからだから・・・」

そう、平田の出世物語は、ようやく始まったばかり。
かつての三冠王と同じ特性をもつこの若竜の力は、まだまだこんなもんじゃない。




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この記事のURL | 2008.09.07(Sun)23:37 | 平田良介 | Comment : 00 | Trackback : 00 | 

   


山本昌、足掛け25年で悲願の200勝達成!



○中日5-1巨人

勝・山本昌
負・木佐貫



                    





【本日の感想】


僕がプロ野球に興味を持ち始めたのは小学4年生のとき。

当時、まだナゴヤ球場という狭いホームで戦っていた中日は、

「守り勝つ」とは程遠い打高投低の野球を持ち味にしていた。

今思えば、大豊とかパウエルとか山崎とか彦野とか・・・、

考えただけで冷や汗の出るような守備布陣で戦っていたものだ。

でも、そんな中でも、ほとんど打たれない凄い投手が中日には二人いた。

一人は、今や伝説となったスローカーブの使い手・今中慎二。

表情ひとつ変えず淡々と打者を「斬りおとしていく」様は、

小学生ながらそのストイックさに惚れてしまうほどだった。

そして、もうひとり。

クールで細身の今中とは対照的に、

いつも温和な笑顔を浮かべる体の大きな穏やかな人。

そう、彼こそが、山本昌その人である。

100キロ近い図体から放られる130キロ台の緩い球で打者を撹乱し、

「針の穴を通す」という比喩に相応しいコントロールで審判の目をも騙す。

そして、山本昌といえば、

枕詞のごとく用いられる決め球・スクリューボール。

そのどれもが当時の僕には魅力的で、

ちょうどテレビのヒーロー物から卒業した時期に出会った、

生まれて最初のリアル・ヒーローであった。

その頃はまだ、

その日その日の活躍にしか興味を持っていなかったが、

やがて見聞を広めると、なんと山本昌という投手は、

僕が生まれる前から中日にいた事がわかった。

1984年にルーキー年を迎え、そこから中日一筋。

そういえば「山本昌=ベテラン」という印象を持ってからも、

もう10年くらいが経っているんじゃなかろうか。

だが、とにかく息が長い山本昌も、ずっと輝き続けてきた訳じゃない。

途中、怪我で勝ち星を減らす時期もあったし、

若手の台頭でローテの三番手に回ることもあった。

それでもこの人の凄いところは、またすぐに華々しく復活するところにある。

例えば1995,96年と二年続けて一桁勝利に終わったかと思うと、

翌1997年には最多勝を挙げて汚名返上。

また、40代を迎えてそろそろ引退の声が聞こえ始めたかと思うと、

史上最年長でのノーヒットノーランをやってのけたり、と。

とにかく山本昌は、ずっと輝き続けるわけじゃなく、

ある時…、それこそ忘れられかけた時、

突然誰よりも燦然と輝き、周囲を仰天させるタイプの人なのだ。

それは、200勝へ向けてのチャレンジにおいても例外ではなかった。

2006年に11勝を挙げて通算191勝とした山本昌は、

嫌でも周りが記録を意識する中、残り9勝を懸けて2007年に臨んだ。

が、しかし、結果は見るも無残な2勝10敗。

チャンスを与えられなかったのではなく、

与えられたチャンスを悉くふいにしての結果だった。

まさか、昌が2勝しかできないなんて・・・。

記録を期待していた大方のファンは意外な成績に落胆したし、

他の誰でもない昌自身、身を退くことを意識したという。

そうした中、背水の陣の覚悟で臨んだ2008年は、

怪我以外では入団初期以来という二軍でのキャンプを迎えた。

それまでずっとホテルが個室だったのも、

特別扱いをしないという落合監督の意向の下、

高卒間もない若い選手との同部屋に「格下げ」。

一見すればプライドを傷つけかねないこの方針だが、

山本昌自身は周囲の過剰なプレッシャーから解放され、

初々しい気持ちでシーズンに臨めたとこの一件を振り返る。

そして迎えた今季初登板は、4月1日の巨人戦。

久々のマウンドは初回に早々と背中の痛みを訴え降板するも、

その表情は前年にみられた緊張感で包まれたそれではなく、

本来の昌らしい晴れやかな笑顔に戻っていたように思えた。

それから一ヶ月後の5月7日、背中痛から復活した昌は広島戦で初勝利を挙げると、

その後は一度の足踏みを経験しながらも順調に白星を重ねる。

そして、いよいよマジックは「1」となり、8月4日を迎えた。

相手は、現役最多38勝を誇るお得意の巨人戦。

過去に幾度となく死闘を演じてきた宿敵は、

大記録を達成するにはこれ以上なく相応しい相手である。

そして3万8千の大観衆が見守る中、

運命の18:00、プレイボールの声が鳴り響く。

さすがに今日ばかりは、球場全体が妙な雰囲気に包まれていた。

現地にいたわけではないが、テレビからそれはよく伝わってきたし、

試合前から僕自身、仕事が手に付かないほど緊張感で一杯だった。

だが、ファンがこれだけ騒然となる中、

当の本人だけは、極めていつも通りだった。

背をピンと伸ばした躍動的なフォーム。

打てそうで打てない、52回転/秒を誇るキレ味満点の直球。

そうだ、これが山本昌だ。

何一つ変わっちゃいない。

小学生の時分、仮面ライダーやウルトラマンを卒業し、

初めて「あこがれ」という視点で人を見た、あのときの山本昌と、

何一つ変わっちゃいない。

そうして投げた、9回127球―。






                     


           史上24人目の200勝達成





この素晴らしい日を、僕は一生忘れない。

山本昌は、今も昔も、ずっとみんなのヒーローだ。




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この記事のURL | 2008.08.05(Tue)04:16 | 山本昌 | Comment : 01 | Trackback : 00 | 

                            


                         なんなんだ、こいつは


●中日1-5ヤクルト


 「いいなぁ、こいつ」


小松親分が生中継で思わずそう漏らしてしまうのも無理はない、新たな強敵の誕生だ。

23日の中日戦で先発した新外人リオスが、5回2安打無失点に抑える好投。
オープン戦通しての防御率も1.80とし、昨季韓国リーグで最多勝の実力を発揮した。


いやぁ〜、いいなぁ〜、ヤクルトは。
ホッジス、ガトームソン、ゴンザレス、グライシンガー、そして今年のリオス。
予測し辛い助っ人投手を連発で当てまくるヤクルトスカウト陣は、どんだけ有能なのか。
横取りされてもめげずに更なるお宝助っ人を発掘してくる我慢強さも折り紙つき。
下手に3Aやドミニカへ赴くよりも、燕スカウトを獲得する方が余程戦力になるのではと思ってしまうほどだ。

古くはグロスから始まったヤクルトの優良助っ人ピッチャー遍歴。
うちもガルベス以来まともな助っ人のいない巨人に比べればだいぶマシだが、
1990年以降で「大当たり」と呼べるのが宣銅烈、バンチ、ギャラードだけでは少々物足りない。

うーん、誰か久々に「おっ!中日スカウト、やるじゃん!」と言わせてくれる逸材はいないものか・・・。





                         

                                    ・・・。



うーん、今年も苦しそうだ。





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この記事のURL | 2008.03.23(Sun)23:11 | ネルソン | Comment : 02 | Trackback : 00 | 

                                 


                             三重の星、満弾!


○中日11-2ヤクルト

代打満塁ホームラン―。
三重生まれのニュースターが、開幕直前にド派手な猛アピールをやってのけた。


思えば2006年の大社ドラフト、7巡目で指名された西川の第一印象は「地味」そのものだった。
鳴り物入りでプロの門を叩いた大引(オリ)らと共に法大の秋春連覇に貢献した実績はなかなかのものだが、
特に驚くような長所があるわけでもなく、毎年入団する内野手の一人、といった感じで話題にもならなかった。

それはキャンプが始まっても変わらず、主役は常に同期の浅尾、田中、そして堂上直が中心で、
西川の役柄はと言うと、いつも端役。余程の事がなければ紙面に載ることさえ稀だった。

実際、当ブログでも浅尾、田中、堂上直を扱う記事は何度も書いたことがあるが、
西川個人にスポットライトを当てた記事は今年に入るまで一本も書いたことがなかったと思う。

今となれば私のファンとしての先見の目の乏しさが恥ずかしくなる限りだが、
それくらい西川というのは特筆すべき点の見当たらない地味な選手だったのだ。



だが、しかし―、そんな陽の当たらぬ西川のことを、見る人はちゃんと見ていた。
入団当初から、そのキャラクターを「いぶし銀」と表現し、「イチオシ」と断言した男がいる。
その男の名は、




                                 

                                 宮部和裕!



ご存知CBCにて、露骨な中日贔屓の実況で人気を博すアナウンサーである。
この男が昨年1月12日に更新した西川絶賛のブログ記事を見つけたので、紹介しよう。


http://blog.hicbc.com/blog/ana/archives/2007/01/12/3065.php


・・・「昭和時代のプロフェッショナル」、うん、いい響きだ。
どことなく入団当初の井端に似た雰囲気があるのも確か。

今日放った満塁弾は、あるいはルーキー時代に二軍で落合博満が江川卓から打った本塁打のように、
未来永劫「懐かし映像」として色んなところで紹介される歴史的な一発になるかもしれない。


プロ2年目、誰よりも早く陽のあたる場所への挑戦権を得た「三重の星」が、流れ星でないことを祈る。





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この記事のURL | 2008.03.22(Sat)23:21 | 西川明 | Comment : 00 | Trackback : 00 | 
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