イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




このコーナーは、歴戦の名試合をあたかも当時に戻ったような感覚で楽しんで頂くタイムスリップ企画である。

記念すべき第一回目に取り上げるのは1999年8月17日、ナゴヤドームでの巨人戦だ。

当時の背景を説明しておこう。開幕から首位街道を驀進していた(1日だけ首位を明け渡したが)中日は、
貯金20、2位巨人に4.5差を付け順調に優勝への歩を進めていた。
この日から始まった首位攻防戦は「真夏の天王山」と称され、ペナントの行方を占う上での大一番となった。
その初戦、巨人の先発は新人離れした活躍をする上原浩二、対する中日はベテラン山本昌。

天王山にふさわしい息詰まる一戦の行方は果たして―。






○3x-2巨人



関川で始まり、関川で終わった今夜の一戦。


試合後、関川の口から出たのは意外にも謝罪の言葉だった。
「僕がこんな試合にしてしまって…」
初回、先頭打者として喫した3球三振。そして松井の先制打を"演出"したポジショニングの微妙な判断ミス。
誰よりも勝負に熱い男は、劇的な一打を放ってもなお、反省することを忘れない。


こんな男が引っ張るチームだから、最後の最後まで誰もがあきらめるということを知らないのだろう。
上原を代えた巨人ベンチの采配ミスと言ってしまえばそれまでだが、しかし、中日以外との試合であったなら、果たして
長嶋茂雄は8回1失点に抑えていたスーパールーキーを敢えて交代させていただろうか?

おそらく、答えはノーだ。
8回になんとか1点を奪うのがやっとだった中日打線を、巨人は必要以上に恐れたのだ。
すさまじい緊張感の中、この1点がまるで猛反撃の号砲にでも思えたのではないだろうか。



9回裏、ベンチが動く。上原に比べれば、申し訳ないが非常にやりやすい相手である槙原が出てくる。
制球がさだまらない。井上が軽く合わせるようなヒットで出塁した瞬間、中日ファンは勝利を確信したことだろう。

この手の試合は、雰囲気によって大きく流れが変わるものだ。
序盤は張り詰めたような空気の中、やはり上原にやられるのかという重さが球場を支配していた。
そういう試合のビハインドの9回裏は、得てしてファンはヤケクソで盛り上げようとする。

一球一球にわきあがる大歓声と、それに動揺するかのような槙原の乱れた制球。
「あれ?これはひょっとしたらひょっとするんじゃないか?」
ベンチが、ファンが、グラウンドに立つ選手達がそう感じ始めた時―、試合は一気に動き出す。


まるで序盤の重い空気から解放されたかのように。











最後にもう一つ。
もしこの試合、勝利したのが巨人であったなら、巨人の選手達はこんな風に涙を流し、抱き合って喜んだだろうか。


おそらく、これも答えはノーだ。 今の中日と巨人とでは、優勝への執念が違う。
一勝に対してこんなに感情を豊かに喜び、涙まで流してしまう男は巨人にはいるはずもない。

まさに執念の塊ともいえる関川のサヨナラ打は、夏をさらに熱く盛り上げ、チームを11年振りの悲願へと導いていく。






【1999年8月17日週の音楽TOP5】
1 Driver's High   L'Arc~en~Ciel
2 なぜ・・・ Hysteric Blue
3 Boys&Girls    浜崎あゆみ
4 BE TOGETHER  鈴木あみ
5 Sunny Day Sunday センチメンタル・バス


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軟投ゆきつら


突然だが、私は松本幸行が大好きだ。

貴重なサウスポーというのはもちろん、テンポの良い「ちぎっては投げ」も見ていて爽快であるし、
エース・星野仙とは間逆ののらくらりとした技巧派ピッチングが魅力十分だ。
また華のある星野仙に比べるとどうしても地味な印象を持たれがちだが、
ここ5年の勝ち星は星野仙が67勝に対して松本は79勝と、松本の方が多く勝っているのは意外なデータである。

そして何より、松本といえば特徴的なのが、一度聞いたら忘れないその名前だ。
ご両親の趣味の良さがうかがえる「ゆきつら」なんて名は、そうそうお目に掛かれるものじゃない。







さて、先日近所のスーパーでおなじみの「カルビー・サッポロポテト」を買ったところ、
幸運にもなんと一発で松本のカードを引き当ててしまったではないか(上画像)。

案外こういう事に子供っぽさを残す私は、思わず「よし!」とコブシを握り締め、
近所のガキ共に自慢したい気持ちを抑えながら、一旦深呼吸をしたのである。
大好きなドラゴンズの選手を一発で当てた嬉しさでドキドキと音を立てる胸の高鳴り。
ワナワナと震える手で、裏をめくり選手解説を読み始めた、その時―、

私は、見つけてしまったのだ。カルビーの「やってはいけない、ありがちなミス」を!







「まつもとつらゆき」って!ちょっと!



執筆:昭和52年(1977年)3月28日,プロ野球開幕を待つ春の喫茶店にて

[中日ドラゴンズ] [スポーツ]

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13年目の衝撃告白


先ほど、報道ステーションでいわゆる「10.8」の特集が放送された。

巨人ファンにとっては栄光の、そして中日ファンにとっては屈辱の歴史であるこの試合。
長嶋監督が「国民的行事」と表し、TV視聴率はプロ野球史上最高の48.8%を記録するなど、
この一夜の出来事は、今や伝説として後世にまで語り継がれている。


結果は知っての通り、落合の大活躍により惨敗を喫すわけだが、
大一番の流れを分けたのは、たった一つの考えられない「凡ミス」だった。







2回裏、同点に追いついた中日は、なおも無死一二塁のチャンスが続くも、
槇原からスイッチした斎藤雅の前に、今中が痛恨のバント失敗。

さらに続く清水雅治が空振三振を喫し、あっと言う間に二死を取られる。
だが、野球は2アウトから。次に控える小森に期待・・・と思った、次の瞬間だった!






「!?」

何かに気付いた村田真が、二塁へ送球の構えを取った。
エンドランでも無いのに、一体何が起きたのか?
訳も分からずただ状況を見守るので精一杯の中日ファンは、
この2秒後に大きな溜息を吐き、やり場のない憤りを感じる事となる。









なんと、二塁走者の中村が飛び出しており、刺殺されてしまったのである。

このミスにより流れを譲った中日は、あれよあれよと勝ち越しを許し、敗れ去った。
まさに球史に残る「まさか!」の凡ミスである。


さて、このミスに関しては、おそらくこれまで色々な企画で散々検証され尽くしてきただろうし、
当時見ていたファンの方も、翌日には同僚、あるいはクラスメイトと大激論を交わした事だろう。

だが、結局のところ全ての謎を知るのは本人のみ。
なんと今回の特集で、中村本人が13年の時を経て閉ざされていた秘密を暴露した!


それでは、目を凝らして見るが良い!これが、遂に明かされる10.8の真実だ!










・・・。


(;゚д゚)ポカーン


(つд⊂)ゴシゴシ






(;゚Д゚)…?!


なんか、急に体調悪くなってきたから、もう寝る。