イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]

シーズン中はほぼ毎日、オフも週に2,3回は更新することを目標にしている当ブログですが、
これだけの本数を書いていると日によって記事のクオリティ(というほど大袈裟なものではないにせよ)にも
バラ付きがあり、個人的に傑作だと思えるものもあれば、読み返す気も起きないようなものまで様々でして。

中には途中まで書いて「やっぱやめた!」と書き直してしまう、俗にいう未発表の記事も少なからずあります。
普通、このパターンのときは内容そのものがつまらない、あるいは気に食わなくて執筆途中に消すことがほとんどですが、
ごく稀に自分では気に入っていてもこれを世間様に発表するのはどうなのか?との自問自答の末に、
やむにやまれず未発表という形を取るものもあります。要は没ネタというやつです。


ただ執筆者としては、このままお蔵入りさせるのはもったいないなとの思いもありまして、
今日は特段ネタもないオフの休日ということで、理由あって公開に至らなかった没ネタに陽の目を当てようと思います。
※所詮は公開されなかった程度のクオリティなので「つまんない」等々のクレームはご勘弁ください。

では、どうぞご覧くださいませ。




【 没ネタ 「セシル」 (2009年12月19日執筆) 】


ブランコに続き、来年も陽気なドミニカンが入団することが決まった。

掻い摘んだ情報によれば今季メキシカンリーグでMVPに輝いたスイッチヒッターで、盗塁王も獲得したそうだ。
今のところ判明しているのはそれだけだが、今年までいた助っ人が大概まぁ酷い有様だっただけに、
あいつよりも打ってさえくれれば中日ファン的には合格点を与えたいと思う。

ただ、仮にこの新外人が予想以上の活躍をみせてくれたならば、森野-ブランコ-和田のクリーンアップとは別個に
下位打線にも厚みが増し、2010年強竜打線は何気に強力なものになるのではとの期待もわいてくる。
藤井が足でかき回し、この外人がチャンスを広げてさらに足でかき回す。そんな光景が現実になれば、かなり強い。


さて、良くも悪くも来季の鍵を握っていそうなこの外人、気になるのはその名前だが。
フルネームはディオニス・セサルというらしい。おそらく登録名は、



「セサル」



になるのではと予想される。なんか、どっかで聞いたことあるこの名前。
セサル・・・セサル・・・、あっ!思いだした!





浅香唯だ!



・・・いや、それはセサルではなく「セシル」だ。


おわり。


【没理由】
①安易にもほどがある
②対象年齢が高すぎる




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昨年10月、3年もの間チームの足を引っ張り続けた李炳圭が退団するとの報を聞き、歓喜したファンは少なくないはずだ。
打てない、守れない、走れない。それだけなら良い。さらに緩慢ともとれるプレイを連発し、史上最悪の「害人」と揶揄された
李炳圭はおそらく今後ファンの間で長らく(悪い意味で)語り継がれていくことになるだろう。


その李炳圭とも遂に別れの日がやって来て、さあ2010年は誰にも邪魔されることなく思う存分落合采配を満喫するぞと楽し
みにしていた矢先・・・その男は日本に降り立った。







ディオニス・セサル。
恒例のドミニカ修行中、入団オーディションに参加したところを森繁和コーチに目を付けられ急遽来日。

「メキシコリーグで40盗塁をマークしたスイッチヒッターで、内外野守れるユーティリティプレイヤー」というのが我々に与えら
れたとりあえずの情報だったのだが・・・、正直この時点でパチモン臭はプンプン漂っていた。
実際、当初よりファンの間でもセサルの獲得には懐疑的な意見が多くを占めていたが、時すでに遅し。
来日後もキャンプから主に守備で精彩を欠く姿をみせ、嫌な予感は日に日に濃くなっていった。

その後のダメっぷりは知っての通りだが、今考えれば信じられないことに開幕時はセカンドのスタメンで出場していたのだ。
特に開幕戦での失策に始まり、記録に残らないものも含めた守備でのミスの多さ、得点圏での弱さや三振の多さなどこれ
でもかと言うほど欠点だらけの彼の姿に、いつしか人は「李炳圭は優良外人だった」などととんでもない事を言い出す始末。
なるほど、窮地に陥ったときに人間は強引な相対評価に逃げるのかという新たな発見ができたのは収穫だったが、とにかく
セサルは3月28日にサヨナラ安打を放った以外、これと言った活躍を一切しないまま解雇されることが先日、決まった。


では、ある意味で前半戦の象徴ともいえるこの男は一体中日に何を残したのか。セサルとは一体なんだったのか。
一言でいうならば、







「セサルも被害者である」




すべての元凶は李炳圭だ。

李炳圭がいなければこんなに批判されることもなく、よくいるダメ外人の一人で終わっていただろうに。
結局、最初から最後までファンは何かとセサルと李炳圭を比較してはその類似性を見つけて叩いていたのではないだろうか。

たまたま李炳圭のあとに入団し、同じ背番号を受け継ぎ、同じように活躍ができなかった。
そして李炳圭と同じように不可解に起用され続けることを危惧し、私も含めファンはセサルの存在すら許さなかった。

今思えばセサルもファンの心理にこびりついたトラウマの被害者だったのだ。
なんの関係もないセサルをこちらの勝手な思いで寄ってたかって貶したことについては、素直に謝りたい。




 「だったら来年もいさせてヨ」



ムリ。



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セサル抹消!





との一報が飛び込んできたとき、思わずガッツポーズした私はファン失格だろうか。


しかし、どれだけ不振に陥ろうと堂上剛や野本を我慢して起用し続ける落合監督が今回はえらく迅速に決断したこと、ま
た残り24試合と佳境に入ったことを見るに、セサルの日本野球人生もこれにて終了ということだろう。


まあネタ外人としては李炳圭に勝るとも劣らぬインパクトを与えてくれたし、おそらく今後20年間は語り草として酒の席なん
かで話題に上り続けるだろうから、そういう意味では一応の足跡は残したということで、ディンゴ、李炳圭に次ぐネタ外人
の3人目のラジー賞授与を検討しても良い選手だと思う。
数多いる助っ人のほとんどが10年も経てば名前すら忘れられていく中、これはこれで誇るべき勲章である。



※ラジー賞…米国の映画賞で、毎年アカデミー賞授賞式の前夜に「最低」の映画を選んで表彰する。いわば逆MVP。





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●1-2横浜





「解せぬ!」





というのが中日ファンの総意だろうと思う。


さすがに落合信者を自認する私でさえ「落合トチ狂ったか」と思わざるを得ないほどの不可解なセサルスタメン起用なのだが、
よくよく考えりゃセサルがいようがいるまいが打線の酷さは深刻であり、たまたま敗れたから余計に「セサルがいなければ
もう少し違った展開になっていたかも」などと無意味な結果論でも愚痴りたくなるのだろうが、それにしても、である。


このスタメン起用だけは、やはりどう擁護しようとも「解せぬ!」ことに変わりはない。
それは内容の「な」の字もないような淡白な四打席を見れば誰の目にも明らかなのであるが。



それでも私は考えた。セサルスタメンに、どんな意味が込められているのかを。
そして、考えるのも飽きてきてパラパラとドラゴンボールを読み直していたら・・・そこに答えがあった。


とりあえず下のコマを読んでほしい。









亀仙流の修行方法に「重り修行」というものがある。

これは平素より重りをつけた状態に慣れることで、実戦時に重りを取った際に身体がおそろしく軽快になるという修行方法
で、ドラゴンボールを読んだ全国の小中学生がこぞって真似をした修行でもある。


で、これがどうセサルと繋がるのかだが。
ご承知の通り、現在打線は過去10年で最悪とも言える貧打に陥っており、あれこれと思考錯誤はしたもののどうも効果がな
い。そこで落合は考えたのだ。「そうだ、打線に重り(セサル)を付けてみよう」と。


そして重り(セサル)をつけた打線は、予想通り10安打を放ちながらわずか1得点と、ものの見事に機能しなかった。
そりゃそうだ、重りをつけたまま100m走に出場するようなもので、まともに戦えるわけはない。

しかし落合からすればそんなことは百も承知。
セサル起用の真意は、あくまで重りを取った火曜日からの戦いを見据えてのことだったのだ。


いわば何をやってもうまくいかなかった打線への最後の手段が今夜のショック療法で、おそらく火曜はこれまでの
「重さ」が嘘のように軽快に躍動しまくる新強竜打線が見られることだろう。



というのが、落合信者が捻りだした最大限の「擁護」である。
やっぱ無理あるなー。





今日の一曲♪僕達は天使だった/影山ヒロノブ(1993)

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○中日8-5ヤクルト



日本人の得意技(長所)は?


と尋ねると、多くの外国人は「勤勉さ」「真面目さ」と答えるらしい。
時刻表通りにきっちり電車が到着する国など世界中見渡しても日本くらいしかなく、
夏休みもほどほどに毎日夜遅くまで働き詰めというのも日本人ならではの特徴だそうで。


そうでもなきゃ戦後20年も経たぬうちにオリンピックを開催するほどまでに復興などできるはずもないのだが、最近は
これに加えてあまり誇れるものではない新しい特徴も広まってきたように思える。








毎度おなじみ、手のひら返しである。


当初はボロクソに貶しておいて、予想外に結果を残すと途端に態度を豹変させる国民性。
「ごめんね」と謝っておけば問題無し!みたいな風潮は、メディアも含めて非常に恥ずかしく思う。

勝者や健闘者を称えるのは当然のことだが、それなら最初っから素直に応援すれば良いのだ。
なんだか冷静を装ってああだこうだと批判してみたり、冷めた意見を述べるのも大いに結構なのだが、
調子が上向いてくるやいなや、一気にお祭りムードに加担するというのは、いささか「個」を蔑ろにし過ぎではないか。


なにが「岡ちゃん、ごめんね」だ、コノヤローとW杯開催前から日本代表の決勝T進出を予想していた私は、狂想曲の
ごとくやれ本田が、やれ長友が、と知ったかぶりをかますメディアの報じ方に強烈な憤りを感じているのである。


このような安易な意見の乗り換えが横行する日本社会への警鐘の意味を込めて、強く申しておきたい。



「手のひら返しは格好悪い!一貫した主張を持て!国民よ」と。

一人の日本人として、例え周囲からバカにされようと「ごめんね」の一言で自分の主張をひっくり返すような、
そんな軽薄な人間にはなりたくないな、と一連のW杯ブームを見ていて私は改めて決意したのである。












えーっと・・・



「ごめんね!セサル!」