イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]

○4x-3広島




"この9年間、あなたは何をしてきましたか?"



日韓W杯が開催された2002年から数えて、今年がその9年目にあたる。
振り返ってみればあっという間かもしれないが、9年あれば人は成長もできるし廃れることもできる。


たとえば当時高校2年生、受験勉強に励んでいた私が9年経った今社会人の3年目を迎えていたり、たとえば当時生まれ
た赤ん坊が今では生意気盛りの小学2年生になっていたりと考えると、時の移ろいをしみじみと実感する。



9年というのはそれだけ長いスパンなのだ。

何かしらの努力を9年間も続ければ、報われるにしろそうでないにしろ、普通はどちらかの結果には転ぶものである。
結果が生まれるからこそ、どこかのタイミングで見切りを付けることもできるわけだが、もし9年間、どちらにも転ばず延々と
暗中模索の日々を努力し続けながら送れと言われれば、それはほとんど生き地獄のようなものである。



今日のヒーローは、そんな生き地獄にもめげずに9年目の「結果」を自らの手で叩きだした男だった。

高卒で入団して9年目、ただの一度も陽の目を浴びることなく、報われるとも知らないファームでひたすらに練習に励んで
きた男が、その成果を遂に、遂に、3万人超の大観衆の前でみせることができた。









12回裏、漂い始めたドローの空気を切り裂く快心のツーベースを放った前田章は、塁上で大きく両手を叩いた。

「万感のガッツポーズ」などと言葉で表現することは容易いが、前田章にとってこのガッツポーズは、おおよそ他人には
測り知ることのできないような9年分の喜怒哀楽センチメント、さまざまな感情が入り乱れたものなのだろう。



長すぎた9年間。
だがまだ27歳。人生の3分の1を「忍耐」に費やした男は、やはり強い。





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前田章宏がサムスンとの練習試合でホームランを打った。

"遅れてきた正捕手候補"。前田を一言で表すなら、こんなキャッチフレーズが似合う。
バリバリ地元の中京大中京からドラフト1位で入団したのが2001年の秋のこと。
そこから9年間、前田はほとんど何もできないまま年数だけはベテランの域に達してきた。
8年目の昨季、代打で放った単打が、現在までに前田が残したたった一つの足跡だ。

同期の田上はずいぶん前にチームを離れ、新天地で大活躍をしている。
後輩の田中は順調とは言わずとも、ポスト谷繁最有力の立場はゆるぎない。
では、前田はこの9年間でどのように変化したのか。
何も変わっちゃいない。いや、むしろ日に日に状況は危うくなってきている。
このまま同じようなことが続けば、2011年は無いかもしれない。

しかし、前田はカメのような遅い足取りでも、着実に前へ進んできた。
長年燻ってきた金の卵にはたった一本の単打もかけがえのない財産になる。
昨年9月18日、ランドルフ(横浜)の難しい低めの球をレフト前へ運んだ瞬間、
前田は自らを苦しめていた呪縛を解き放ったかのように、軽く拳を握り、小さく吠えた。







ようやく解けた。ここからだ、ここからが俺の勝負なのだ。

この一本を打つために、プロ選手は血の滲むような努力をする。
ある者は入団早々に打ち、ある者は打てないままユニフォームを脱ぐ。
だが、打ってしまえば早いも遅いも関係はない。

耐えた者は、強いのだ。
燻ってきた9年間は、決して無駄ではなかった。
長すぎた冬を越え、今、前田章宏が遅咲きの夢に舞う。