イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




2年前の退任会見以来、久々に“ドラゴンズの落合”が帰ってきた。
監督としてではなく、GMとして。そして落合は席上で「すべての責任は私にある」と言い切った。
「勝てるチームを作る、来季から優勝を目指す」。
あいかわらずの自信たっぷりの落合節。そうだ、この風格こそが落合博満という人なのだ。
2004年から8年間、毎日味わっていた懐かしい感覚が私の身体を貫いた。


さて、今朝のスポーツ各紙では早くも組閣にあたって具体的な名前が飛び交っていた。
佐伯に波留に高柳に長嶋清幸に......。
情報源は分からないが、大本営の中日スポーツも報じたためファンは当然鵜呑みにした。
この2年、中日スポーツに載る情報は確定済の最終情報だと信じ込まされてきたから。

だが落合はたくさんの報道陣の目の前で、嵐のようなフラッシュを浴びながらこう言い放った。
「色んな情報が出たみたいですけど、、、皆さんの情報はすべて間違っていると思います」
「皆さん」のなかには、もちろん中日スポーツも含まれているのだろう。
私はこの発言をもって、落合GM率いる新生ドラゴンズの2014年シーズンの幕開けを感じた。


落合は本来味方のはずの中日スポーツをも当然のように欺く。
場合によっては虚偽の情報を故意に流すことも厭わない、それがこの男の凄み。
グラウンド内外問わず、敵の嫌がることを第一に考える落合らしい撹乱戦術だ。

もし結果的に今朝のスポーツ紙の組閣情報が当たっていたとしても、
「今年のドラゴンズからまともなリークは望めないぞ」と敵に思わせただけでも充分効果的である。

もう心理戦は始まっている。
敵を喜ばせるだけの情報オープンを捨て去り、再びドラゴンズは不気味なベールに包まれた。




スポンサーサイト
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




2003年秋。中日ドラゴンズは窮地に立たされていた。
この年2位ながら内部のゴタゴタで山田久志監督がシーズン途中に解任。
星野イズムを引き継いだ外様監督の政権は1年半で幕を閉じ、球団は次期監督の選定に入った。

在名メディアも連日この話題を大きく取り上げ、トピックとして非常に盛り上がったのだが、
たくさんの候補者の中から電撃的に選ばれたのは、「まさか」とも思える意外な人物だった。





落合博満



当時のマスコミ調査ではCBC解説者の牛島和彦が最有力と目され、ファンの支持も牛島が圧倒的。
落合という選択肢は一応可能性としてはあり得るが、あくまで可能性の域を超えないジョーカーに過ぎず、
当時放送していた情報番組中でキャスターの木場弘子が「落合さんの采配も見てみたい」と口にしたとき、
スタジオが「ご冗談を」的な苦笑で包まれたのをはっきりと憶えている。
それくらい「落合監督」というのは「ない」選択肢だったのだ。

ところが白井文吾オーナーは、周囲の反対を押し切って落合に白羽の矢を立てた。
なぜそこまでして落合を招聘しなければならなかったのか?いや、する必要があったのだ。
当時の中日といえば長年に渡る星野仙一統治により関係者はもちろんファンまでもが星野イズムに染まり切っており、
何をするにも星野と比較され、メディアも星野称賛で一致という独裁的な状態が続いていた。
2001年をもって星野が名古屋を離れ、阪神の人間となっても尚、その傾向が変わる気配はなかった。

このチームが変わるために必要なのは強大な戦力でも派手なホームランでもなく、強烈な星野色を一掃すること。
それに気付いていたオーナーは、毒をもって毒を制すの格言がごとく「猛毒」落合を呼んだのだろう。
もちろん猛毒はリスクも伴う。ヘタすれば取り返しのつかないことになるかもしれない。
それでも落合招聘を押し切った白井オーナーの決断は見事に的中し、球団史上初の8年間の黄金期を迎えた。



海のものとも山のものともつかない落合監督を支持しようと私が決めたのは、ユニフォーム一新を発表したときだった。
これでこの政権ならびに球団が星野色一掃を目指していることが明確になり、そのスタンスに賛同できたからだ。
一方で長年星野イズムに浸ってきた旧来ファンが8年間でずいぶん離れたのも事実。
このあたりの問題については各所で散々語り尽くされてきたので敢えて触れる気はないが、
要は価値観を勝利に置くかエンタメ性に置くかで意見が真っ二つに分かれる話なので、
いつまで経ってもシンパとアンチが平行線のままやっかみ合うのは当然っちゃ当然だろう。



さて、以前書いたように当ブログは今日をもって完全に落合中日を過去に封印する。
来季の結果がどうあれ「落合なら」とか「落合のせいで」とかは一切書かないつもりだ。
明日2012年1月1日からは、高木政権というチームを皮肉なしに応援したい。

とりあえず今日が一つの区切りとして…、長らくのご愛読ありがとうございました。
また来年、新しい風の吹くジョイナスなこの場所でお会いしましょう!




[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




「はいどうぞ!」
着席するや否や発した落合"元"監督のこの言葉で、昨日の退任会見は始まった。
おそらく進行役の角上アナをはじめ、この場にいた誰もが「いつも通りかよ!」と苦笑したことだろう。
元来メディア好きの落合氏なので、今日くらいは和やかな会見になるのかなとも思っていたが、
最初の一言でやはり落合は落合なのだなと再認識すると同時に、その徹底した一貫性にちょっと笑ってしまった。



さて、この退任会見をもって落合監督は8年振りに落合氏に戻ったわけである。
当ブログも今日からは高木監督率いる新しい中日ドラゴンズの動向を見守るスタンスに切り替えるべきなのだが、
先日書いた「最後の一球」という記事を8年間の長い戦いの締め括りとするにはあまりに寂しい気もするし、
まだまだ我が青春時代を捧げた落合中日の余韻に浸りたいという個人的な思い入れもあるので、
年内一杯は契約更改や補強といったトピックスを除いて「落合中日回顧」をしていきたいと思っている。

別れたカノジョとの思い出を未練たっぷりに振り返ってしんみりするような女々しい根性であるのは承知の上で、
でもやっぱり色々思い出したいじゃん!と。もう忘れかけてるようなことも改めて思い出してみたいのだ。
テレビや雑誌でも落合回顧企画は結構組まれているみたいだが、どうしても川崎開幕、06涙の優勝、
そして山井問題といった散々語られ尽くされてきた話題が中心になりがちなので、
当ブログでは「監督・落合」中心の視点ではなく「(落合監督下の)中日の選手」にスポットライトを当てたい。


当ブログを始めたのが06年終盤で、その後も皆勤を続けたわけでなく、08,09年は丸々サボったし、
04,05年の最初期についても思い出はたくさんあれど、それを振り返る手段がこのブログにはない。
(ネットを徘徊すれば当時の記事やら掲示板のログなども残っていようが、大抵は埋もれているだろう)

それらの書いてなかった時期に活躍した選手達のことも、落合中日の大事な乗組員の一人として
何かしらの形で綴っておきたいとは前々から思っていたので、この機会に書くことにした。
ただ現役の在籍選手まで含めるとキリがないので、昨年までに中日を退団した選手限定にしたい。


とりあえず年内はこの特集を中心に週1~3で更新し、2012年1月1日をもってスッパリ高木政権に移行する予定です。
まだ自分の中で落合中日が終わった実感がないので、今しばらく未練にお付き合い頂けたら幸いです。




[中日ドラゴンズ] [スポーツ]








中日ドラゴンズ・落合監督の8年間が終わった。
白か黒かの天王山に敗れての終焉は、悔いの残らない潔さだった。

今夜の試合を一言で集約するなら、「あと一歩が届いた者と届かなかった者の差」だ。
象徴的だったのは、追いつきながらグラブの土手に当てて落球した大島の守備と、
片やタイミング的にはアウトでも執念でかいくぐって間一髪セーフをもぎとった松中の走塁。
偶々ああいう形で出ただけで、多分この差を生んだ要因は数えきれないほど沢山あるのだと思う。
よくそれを要約して「気持ち」とか言うが、実際はそんな単純なものではないのだろう。よく分からないけど。



さて…、あまりにその期間が長すぎたからだろうか。今はまだ落合中日が終わったという実感があまりない。
明日からも今までと変わらず落合は中日の監督であり続け、
さっそく来季に向けて頭を切り替えて補強なり戦略を練り始めるのだろうなあ、と。
そんなことを信じてやまない自分がいて、正直「高木中日」というのはイメージもできないのである。

それくらい落合中日は、18歳からの私にとって、当たり前すぎる日常だった。
だから生活の一貫と言えるほど溶け込んでいた落合中日が今夜限りで終わったと言われても、
すぐに受け止めきれるほどダテに8年間試合を見続けてきたわけじゃないし、実感できるわけがない。


アライバという呼称、森野の覚醒、ウッズやブランコ、ドミニカン外人、李炳圭、セサル、
岡本平井のリレー、高橋浅尾、川崎開幕投手、山井の完全試合、06年10月10日、中村紀、抑えの岩瀬…。
どれだけでも思い出せる楽しかった記憶、苦しかった記憶の数々は、すべて落合中日が見せてくれたものだった。
それまで知らなかった真の意味での勝つことの苦しさ、そして喜びを教えてくれたのも落合中日だった。

そんな落合中日も遂に見納め。明日からは全く別の、新しい生活が始まるような気分だ。
希望に満ち溢れた新生活というよりは、不安だらけの新生活になってしまいそうだが、
8年間とんでもなく濃い環境下でプレイしてきた選手たちが、環境変わってどうなるか楽しみでもある。

落合退任に伴って中日を離れるファンもいれば、逆に嬉々と戻ってくるファンもいるだろう。
立場は様々だとは思うが、根は野球好きであることに変わりはない。
理解し合えなかった両者が久々に同じ想いで応援できるなら、それもまた良いことではなかろうか。
なんにしたって私はこれからも中日を応援するし、ペースを落とすにせよ当ブログも継続するつもりだ。


最後に。
今夜の「最後の一球」は摂津が和田から三振を奪ったあの一球だが、あれはホークスにとっての「最後の一球」。
中日にとっての、落合中日にとっての「最後の一球」は、8回裏の岩瀬の一球だったと私は思っている。

守護神・岩瀬の投じた渾身の真っ直ぐが、谷繁のミットに吸い込まれてバッター見逃し三振。
8年間の締めとして、これ以上の役者もいなければ、これ以上の球もない。
岩瀬の投げたあの一球が見られただけで、もう私は充分満足できた。

それくらい文句のつけようもない完璧な落合中日「最後の一球」だった。




[中日ドラゴンズ] [スポーツ]

nihonsiries20112_20111115213609.jpg







勝った。負けたら終わりの試合に勝ち、明日も野球が見られることになった。
もうここまできたら勝ち方への不満など言うまい。1点だろうが2点だろうが勝ちは勝ち。
最後までエースの役割を全うした吉見、そして岩瀬、浅尾には手放しで拍手を送りたい。


特にCS以降フル回転でひたすら勝ち続ける吉見の投球は今夜も圧巻だった。
前回登板では試合を作りながらも決して絶好調ではなく、ピンチの多い苦しい内容だったが、
今夜は二度目の対戦にしてなんと前回を遥かに上回る投球をやってのけ、7戦へと導いた。

6回裏、川崎から始まる三人をわずか7球でしとめたところが今夜のハイライトだったと個人的には思う。
「ここがポイント」「この回がポイント」という要所要所を危なげなく切り抜け、
なおかつピンチにも動じず傷口を最小限に留める技術は、さすがエースといった感じ。
杉内、和田というダブルエースを右腕一本で撃破した吉見に誰が文句をつけられようか。
最多勝確定時に、「下位球団から稼いでいるだけ云々」と書いていた記者もどきは土下座して詫びるべきであろう。



さて、球団史上最長の8年間に渡って中日の指揮をとってきた"落合監督"も明日で見納めとなる。
約10年に一度の優勝を地元圏内で祝ってきたローカルチームの意識を根底から改革し、
8年間で四度の優勝という眩いばかりの黄金時代を築き上げた大監督である。
一方でその手法、プロセスを理解できない者には徹底して嫌われ抜かれた監督でもあった。

何を言っても、何をやっても世論は二分し、互いの主張は平行線を辿るばかり。
価値観の違う者同士は決して理解し合えないのだと、この8年でイヤと言うほど痛感した。
宗教じゃないが、落合中日は「信者」か「アンチ」かのいずれかしかない、そんなチームだったように思う。


だが落合監督の言動を巡る論議で盛り上がれるのも、もう明日で終わりである。
明日の試合は、例え負けても腹が立ったり怒りを感じたりはしない気がする。
勝つに越したことはないが、負けても穏やかに「お疲れさん」と言えるだろう。

たぶん明日の第7戦ってやつは、8年間でも初めて味わうような不思議な感覚で臨む試合になる。
うまく言えないが、過去にも未来にも通じない独立したゲームとでもいうか。
かの有名な「10.8」が、「10.8」という独立した特殊な試合、ひいては特殊な一日であったように、
明日という日もきっと朝起きた段階からふわふわ浮いたような妙な気分で過ごすことになるのだろう。







11月20日、日本シリーズ第7戦。落合中日最後の一戦は、「本当の天王山」で完結を見る。



落合中日、来る最後の一日にエールを!