イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




躍動するラグジュアリー


「静」の野本に続いて、今日は「動」の藤井のおはなし。

突然だが、理想の1番打者の条件を問われたら、まず何を浮かべるだろう。
赤星・片岡のような走力か、緒方・真弓のような打力か、はたまた井端のような粘る技術か。
どんな長所であれ、ともかく1番打者の使命とは「出塁」することの一点だと思う。

時おりガッツのある選手が「当たってでも塁に出たかった」などと言っているのを目にするが、これは正解。
離脱しない程度であれば、それこそ捨て身で出塁することこそが1番打者の役割なのだ。

その点でいえば井端は追い込まれてから粘って四球がとれるため、適正はあると思う。
逆に荒木は出塁率の低さが響き、今季は1番を井端に譲る形となった。

しかし、現状のレギュラーで井端の1番が最適かといえば、そうではないと私は考えている。
たしかに確実性と堅実さは大切だが、それ以上に1番打者に求められる要素があるのではないか。
そう、初回の最初に打席に立つ打者は、その試合を計る上での目安となるべき存在なのだ。

1番打者があっけなく3球三振に倒れれば、投手は調子づき味方はシュンとしてしまう。
逆にトップがツーベースでも打てば続けざまに打線がつながり、お祭りムードになるかもしれない。
統計上、初回の得失点が勝敗に結びつきやすいことは実証済みだそうだ(ソースはないけど)。

だからこそ、私は1番打者はお祭りムードを盛り上げることのできる打者であるべきだと思っている。
で、今のレギュラーでそういう効果をもっとも持つ選手といえば、藤井淳志その人なのだ。

思い出してほしい、先月のCS1stステージのヤクルト戦。
怪我から明けて久々に復帰した藤井は、第1打席でいきなり二塁打を放った。
そのときの球場の雰囲気は、さきほどまでの緊張感から解き放たれたかのようなお祭り騒ぎに。
藤井が打てば盛り上がる、藤井が打てばチームが乗る。
まるでかつて井上一樹が担っていた役割を、藤井はさらに躍動感を増して再現してみせたのだ。

一方で藤井は他の選手に比べて雑な面が多く、凡ミスや判断ミスが多いという短所がある。
たぶんこれは性格的な問題で、藤井の部屋の本棚は漫画が乱雑に並んでいるだろうな、と想像がつく。

しかし、そんな細かいことは気にしなくたっていい。雑なのも含めての藤井淳志。







「その長ずるところを貴び、その短なるところを忘る」


呉の孫権の金言に倣い、失敗を恐れず2010年もますます躍動してほしい。

スポンサーサイト
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]





3割打者



64試合191打数44安打2本塁打 AV.251

野本圭の1年目は、良くも悪くも平凡な数字に終わった。
いや、即戦力ルーキーとして開幕2戦目には早くも初スタメンを飾った金の卵としては、
むしろ期待はずれに終わったとみる方もおられるだろう。

たしかにセットで起用されることの多い藤井のめざましい成長に比べれば、
野本はみずからの長所が何なのかをアピールし切れないままシーズンを終えてしまった。
守備と肩と走力がごく平凡で、打撃もそこそこの小さくまとまった選手。
現時点での野本という選手の評価は、まあそんなものだろう。

しかし、私は野本が近い将来、3割15本を打てる選手になると確信している。
かつての井上のように「恐怖の7番」とかいう呼び名で活躍している姿が目に浮かぶようだ。
「動」の藤井に対して、「静」のイメージが似合う野本。いいコンビではないか。
3年後にはふたりで外野をがっちり固め、ベストナインを獲得しているにちがいない。

とは言え、技術的に野本のどこがすぐれているのかとか、そういうのはよく分からない。
もしかすると技術面だけをフォーカスすればやはり平凡な選手という結論に達するのかもしれない。

だが、それでも私は野本を推す。


その根拠はたった一点。







野本には、ここぞで予想以上のプレイを魅せる「才能」が備わっているのだ。
こればかりは天性という他なく、努力で手にできるものではない。

たとえばプロ初安打がホームランだったり、奇跡のダイビングをしたり、CSで決定的アーチを打ったり。
成績の割に「野本のあの~が凄かった」といったような逸話がぽんぽん出てきはしないか。

こういう"力"を持った選手は、将来的に伸びる可能性がとても高いと思う。
たとえば昔、関川浩一という選手がいたが、この人も長所らしい長所がなかったにも関わらず、
勝負強さと印象に残るハッスルプレイを重ね、ついには年間MVP候補にも挙げられたほどだった。

いや、そういうプレイができるということこそが最大の長所というべきか。
野本と関川じゃキャラ的にも違いすぎていまいちピンと来ないかもしれないが、
ともかく野本は見放さずに注目すべきで選手で、いずれ3割打つ年が必ず来るだろう。

静かなる闘志を燃やすグラウンドの王子・野本圭。
お願いだから、おとなの事情なんざ乗り越えて応援歌を作ってほしいと思う。

[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




これにてお開き また来週


先日、落語家の三遊亭円楽さんが亡くなった。
おなじみ「笑点」の司会を23年間もお務めになった大家。
またひとり、昭和の名人がいなくなってしまったことに、無念と寂しさを感じる。

私の年代(20歳前半)にとって、「笑点」は円楽さんのイメージがとても強い。
物ごころついた頃、というより生まれた頃には既に円楽さんが司会をお務めになっていたため、
「笑点」イコール濃紺の着物の円楽さん、というイメージがなかなか抜けず、
2006年より歌丸師匠が司会を継いだときはしばらく違和感が取れなかったものだ。

円楽さんは、いかにも大物という雰囲気をもつ司会者だった。
豪快な笑い、馬ヅラと楽太郎に茶化される大きく長い顔は、好々爺そのものだが、
個性的な笑点メンバーを背中ひとつで引っ張っていくにはそれだけではいけない。
芸事においての抜かり、妥協を許さぬ厳しさを併せ持つプロフェッショナル。
笑点を通して見る円楽さんは、古きよき小学校の怖い先生のようなお人だった。


さて落語家は「しゃべり」を一芸とする商売だが、ドラゴンズにも「しゃべり」のうまい選手が一人、いる。
おなじみ「一樹節」でファンをわかせる薩摩隼人・井上一樹コーチである。

早くも若手へのしごきを宣言している井上コーチが就任したのは、一軍打撃コーチ。
まずは二軍かと思われていただけに、いきなりの抜擢はなかなかの驚きだ。
来季からは毎試合、ベンチで井上コーチの姿が見られるかと思うと待ち遠しい。

選手にとっても、こないだまでよき先輩だった井上コーチが身近にいるのは頼もしいだろうし、
中日のベンチは監督のキャラ的にもやけに玄人っぽさばかりが目立っていたため、
裏表のない元気なコーチがいてくれるのは良い刺激になるだろう。


このような、いるだけで場の引き締まる兄貴分的な存在感という点で、
円楽さんと井上コーチはよく似たものをもっていると思う。

共通するのは「しゃべり」の才覚。
そして、






鼻から下がそっくり


なのも、何かの縁かも知れない。

[中日ドラゴンズ] [スポーツ]




if. もしも時間が戻るなら


「時間を戻してやり直したい」

誰にもそういった修正したい過去はあると思う。
進路のミス、言葉の行き違いからの別れ、取り返せない失敗。
形は様々なれど、人生というのはありとあらゆる取捨選択から成り立っている。

なにかが起きるたびに、まるでシュミレーションゲームのように無数の選択肢が現れ、
選択次第で運命のシナリオが大きく塗り替えられていくのだ。

もちろんそこに正解はないし、客観的な評価基準すらない。
さらにゲームとは違い二度とやり直しも効かなきゃ、攻略法がないのも人生の苦みで、
それゆえ人は常に誤り、後悔し、帰らぬ自分を恨みながら前を向いて歩いていくしかないのである。

しかし、もし「戻したい時間」が、キャリアにおいて全てを狂わせるくらいの大きすぎるできごとだったとしたら?
果たして"前向きに"などと悠長なことを言っていられるだろうか。

たとえばレコーディング直前で脱退したビートルズの元ドラムスの・ピートベスト氏は、
ビートルズというとんでもない成功を目前で失った苦しみから二度の自殺未遂を起こしたという。

あるインタビュー誌の取材で口にした「あいつらが手にした富と名声。それに比べて自分は―」という言葉は、
戻らぬ過去にただ一人置き去りにされた元メンバーの率直な悲哀そのもので、あまりに生々しい。

彼は生涯、「ビートルズになれなかった自分」と戦い続ける運命を背負ってしまった。
それこそ、時間が戻りさえしない限りはどうしようもない運命。
どうしようもないという点で、過去との対峙ほど残酷なものがこの世にあるだろうか。



そして、ここにもひとり、残酷な過去の呪縛にかかった若者がいる。






2002年2月20日、沖縄・読谷。

練習後、ミーティングを宿舎の2Fで終えた彼は、1Fへの急な階段で足をすべらせ、転倒した。
いや、転倒していればまだよかったのかもしれない。 彼は、とっさの反射で手すりを掴んでしまったのだ。
おかげで転げ落ちることはなかったが、この瞬間彼の運命は悲劇的に狂ってしまった。
それ以降、二度と這いあがれぬまま、今日彼はとうとう「過去」に葬られた。

もしも時間が戻るなら。

宿舎の建設業者に、階段の傾斜をなだらかにするよう懇願したい。

[中日ドラゴンズ] [スポーツ]



「11」を継ぐ者



1日の中スポで報じられたように、岡田に背番号「11」を用意するプランがあるらしい。
「11」といえば言わずもがな、10年近く竜投を牽引してきた前エース・川上憲伸の背番号だ。

この数字を高卒の新人が背負うというのは驚き以外の何物でもない。
記事によると最初は大きな数字を与え、一軍に定着してから継承させるという案もあるようだが、
個人的には背番号の変更というのはあまり好きでないので、やるからには最初から「11」で勝負して欲しい。

とは言え、川上といえば球団史に残る人気選手。
それゆえ「11」に特別な思い入れのあるファンは少なくないだろうし、渡米して1年足らずという期間的にも、
まだまだ「11」に川上の想い出をしまっておきたいという気持ちは私にもある。

物ごころついた時から「11」といえば川上で、他の誰かが「11」を背負っている姿など想像もしたことがない。
最近ではいずれ浅尾が「11」に変更すればいいのでは、と思ったことも無くはないが、
やはり「11」はまだ川上のものに他ならず、「11」を背負う浅尾をイメージすることはできなかった。

「3」が立浪のそれであり、「34」が山本昌のそれであるように、私にとって「11」は川上のそれ。
まるで別れた元カノのプレゼントに執着するように、私は川上の幻影に取りつかれているのだ。

だから、まだ早い。まだもうすこし、川上の記憶に酔わせておいてほしい。







そうそう、まさに心境的にはこんな感じ。