イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]



「金曜日のたちへ」

第一話・別れは出逢いに付いてくる


福留孝介。

今や中日・・・、いや、日本球界を背負って立つ大打者へと成長したこの男。

98年の入団から早8年の月日が経ち、

順調にいけば来オフにはFA権を取得する事となる。

入団の経緯から考えて、

国内の他球団へ移籍する恐れは限りなくゼロに近いと思われるが、

国外への移籍となると話は別。

自他共に認める「メジャー思考の強い選手」なだけに、

機会さえあればすぐに名古屋を飛び出す準備はできてるだろう。



「福留メジャー移籍」。



ドラファンとして、海外での孝介の活躍を見てみたい気持ちと、

いつまでも竜の看板であって欲しい気持ちとで、

なんとも言えない心の葛藤が起きるところだ。

そんな福留のメジャー移籍が、いよいよ現実味を帯びてきた。




昨日、名古屋市内のデパートで映画のPRイベントに出席した際、
少年ファンから「メジャーに行きたいですか?」と質問された孝介は、


どめ

「何も考えていない。無事に権利を取った時に初めて話すこと」

と、曖昧な返答。

だが肯定も否定もしなかったこの態度から、

マスコミ各社は一斉に

「福留、来季メジャーへ」

という見出しで記事を掲載した。



先ほど「入団の経緯から他球団への移籍はない」と書いたが、

福留が中日にかなりの愛情を抱いているのは事実だ。

95年、甲子園の怪物として7球団からの指名を受け、

結果的に近鉄が当たりクジを引いたドラフト会議では、

「意中の球団じゃない」という理由で近鉄の入団を断り、

社会人の日本生命へ入社。

その3年後、身も心も成長し、逆指名の権利を得た福留は、

中日と巨人の2チームから猛烈なラブコールを受ける事となる。



当時の巨人といえば長嶋監督率いる超人気球団。

普通の選手なら、迷わず中日でなく巨人を選ぶところだが、

福留は違った。

最終的にはPL学園の先輩でもある立浪が所属し、

なおかつ巨人より前からラブコールを送り続けていた中日を逆指名。

3年の回り道を経て、晴れて「中日・福留」が誕生したのである。



またこんなエピソードもある。

以下は福留孝介ファンサイトからの抜粋。



- 中日・立浪和義がルーキー年の串間キャンプでのある出来事。

練習中のグラウンド片隅に座り、最後まで立浪の練習を見つめる1人のファンの少年。
一生懸命に、自分の練習風景を見つめるこの少年。
立浪自身、その熱心さに心を打たれる・・・。
練習後、立浪はこの少年に1本のバットをプレゼントした。
立浪自身、この出来事を今でもよく覚えている・・・。

-その少年は、その後も立浪に憧れ続け、地元でも評判の野球選手に成長。
後に、多くの地元強豪校の誘いを断り、
立浪の母校、名門・大阪/PL学園高校へ自らの意志で入学することとなる。
恩師中村監督のもと、立浪のあとを追うように
自らも3度の甲子園出場・・・。ポジションは立浪と同じ遊撃手で・・・。
彼の自宅には、今だ立浪選手のバットが大切に飾られている・・・。

-この少年の名は、福留孝介。
高校時代、日本中の注目を集める選手として活躍。
野手史上最多7球団のドラフト1位指名を受け、怪物の名をほしいままとした。
後に、立浪と同じユニフォームでプレーすることになろうとは・・。
- 出会いは運命。だが、運命はを切り開くのは、強い意志と信念である。




なんて泣かせる話だ、コンチクショー!

要するに今年の堂上直と同じく、

福留の中日入団は神の定めし運命だったのだ。


だが男には、運命にすら逆らい、

夢を追いかけなければならない時がある。

それが福留にとっては来オフ・・・。

そう、FA権取得の瞬間なのだ。



一人の立派な男が自分の意思で決めた結論ならば、

私は気持ちよく送り出し、応援してやろうと思う。

もしかしたら、福留が「中日」のユニフォームを着てる姿は、

来年で見納めになるかもしれない。

どうしようもなく寂しいけど、仕方ない。



孝介。

最後のシーズンは、

今までで一番すごい成績を残してくれよ。

2割台でメジャーに行きたいなんて、

絶対に許さねぇぞ。


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