イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]





○中日5-3日本ハム








何事も継続するというのはそれだけで称賛に値することだ。

ただでさえ継続するには強力な忍耐を要するというのに、毎回4万近い大観衆とテレビの向こうの何十万人が見守る中で、
抑えることが絶対条件という過酷なポジションをひたすらこなし続けた岩瀬はまさしく鉄人である。


250セーブと言うが、岩瀬のキャリアのおよそ半分はリリーフとしてのものだ。ストッパーに転向したのは
入団6年目の2004年からだから、実質岩瀬は6年半で名球界に名を刻んだことになる。
これは先に250Sを遂げた高津、佐々木両人と比べてもずば抜けたスピード記録であり、
いかに岩瀬が「失敗の少ない」ストッパーであるかをよく表している。


岩瀬の凄さを語る上でその丈夫さは特筆すべきものがあり、ところどころでちょっとした怪我はあったものの、
シーズンに影響するような大怪我は一切ないまま岩瀬は11年連続50試合登板の日本記録を築いた。
どんな名投手でも怪我によって野球生命を断たれた選手は数知れず、一流が対峙する真の敵とは
怪我といっても過言ではないほど、それは野球選手にとって最も注意すべきリスク要因である。

特にリリーフ、ストッパーは連投・連投が当たり前のポジションゆえ、いつ故障してもおかしくない
環境に常に晒されていながら11年耐え抜いたタフネスには感服するばかりだ。


入団当初はあまりの細身から「もやし君」なんてあだ名をつけられたこともあったが、
99年4月2日、あの日から始まった岩瀬仁紀の野球人生は、今日の勲章にてとりあえずの
区切りはついたと思う。ここからさらにストッパーとしての道程を継続するか、あるいは
後身・・・つまり浅尾に譲って自身は再びリリーフに転向するかは、まだ分からない。


今はただ、岩瀬の大記録に酔いしれようではないか。
おめでとう、岩瀬。






・・・と、ある程度お決まりの讃辞を贈ったところで、ここからは「本音編」(笑)


私は岩瀬の全盛期というのは1999~2003年のリリーフ時だと思っている。
当時の岩瀬は今とはまた違った緊張感、たとえば7回無死満塁の場面で登場し、
平然とピンチを乗り切ってしまうところが岩瀬の岩瀬たる所以で、もちろんストッパー
転向後も凄いのは重々承知していながら、「岩瀬はこんなもんじゃねえ!」などとつい屈折した
感想が口を飛び出してしまうことも多々あった。


というのも2004年からは徐々に下り坂へと差し掛かっており、毎年のように40Sを続ける中でも
決して盤石とは言い難いマウンドが相当数あったことは否めない。

その不安は昨年、亀井にサヨナラ3ランを打たれたあたりから顕在化し、かつては岩瀬が
出れば安泰といわれた9回のマウンドも、中日ファンは多少のスパイスを味わいながら見守ることが多くなった。


これは勤続疲労、年齢による衰えが主要因であるため仕方がないことではあるのだが、
客観的にみて「ストッパー岩瀬」は今日のヒーローインタビューで本人も言っていたように、
あと50個の300Sを区切りに見納めになる可能性が高いと思う。

今夜の各局のスポーツニュースを見ていると如何に岩瀬が凄いかを実績から考察しているが、
私にとって本当に凄い岩瀬とは99~03年のリリーフ投手・岩瀬であることに変わりはない。

250Sというのがとてつもない記録というのは充分すぎるほどよく分かるが、入団当初から俺は
岩瀬を見続けているぞ、というつまらない優越感みたいなものに、どうかこのブログの読者の方には
わずかでもいいので同意していただきたいな、と。
そう思う今日このごろです。




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