上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


フォローお願いします!


banner_03.gif

↓訪問数増加にご協力ください
にほんブログ村 野球ブログ 中日ドラゴンズへ

この記事のURL | --.--.--(--)--:-- | スポンサー広告 | 

●中日0-5巨人



現状を嘆いて「落合辞めろ!」だの「誰々使うな!」だのと批判の声を挙げるのは簡単なのだけど。


それではあまりに芸がないので、当ブログではできるだけ傷ついた皆さんの心の傷をほんのわずかでも
癒せるような、勝っても負けてもぶれない寛大な記事を書いていけるよう努力致します。



というわけで、今日は「そもそもなぜ我々は中日を応援するのか」という根本的な問題への考察を試みよう。


最初に私が中日を、というよりプロ野球を見始めたのは小学4年生頃のことで、父親が三重県出身であるため
夕食時のリビングでは中日戦の中継が流れており、その影響か当時発売したばかりだったパワプロでも自然と
中日ばかり使っているうちに選手名を覚え、特徴を覚え・・・気づけばナイター中継を熱心に見るようになっていた、
という典型的な「親の影響」によって応援するチームが決まったパターンである。

私が小学4年生の時分というのはちょうど高木守監督が不振の責任をとって6月で辞任し、代行の
徳武監督までもがあまりの不振ぶりに解任、後半戦からは3人目となる島野二軍監督が急遽昇格するなど、
踏んだり蹴ったりの最悪な状況下で借金30を作り5位に低迷した球団史に残る惨憺たるシーズンであった。


というのは全て後から知った情報であり、当時の私はそんな内情はつゆ知らず、毎日齧るようにテレビに食い入り、
ゲームとも鬼ごっことも違う新鮮な娯楽に日々胸をときめかせながら弱い中日を必死で応援していたものだ。
弱かろうがボロボロに負けようが、中日の選手たちは格好よかった。

やがてプロ野球のいろいろな事情が分かるようになってきてからも、中日の「弱い時代」は時々やってきた。
1997年はナゴヤドーム元年に見るも無残なやられ方をし、最下位に沈んだ。
2001年は星野監督の求心力の陰りやホームランの出ない貧打線に足を引っ張られ5位の屈辱を味わった。


だからと言って中日が嫌いになったかというと、今もこうして応援し続けているのを見るに、どうやらノーである。

私にとっての中日とは勝ち負け以上に、ただ見ているだけでも楽しくてたまらない、そういう存在らしい。
それは何も分からずに見ていた小学生の頃からぶれずに持ち続けている「変わらぬ想い」であり、その時々によって
おとずれる激しい喜怒哀楽に自分自身もほとほと呆れながら、やっぱり中日が気になってしまうのだ。








今、中日は久方ぶりに「ひどい状況」に陥っている。
2006年オフに落合監督の掲げた中長期ビジョンが頓挫し、紆余曲折の末にかねてから熱望されていた
世代交代をあまりよくない形で敢行せざるを得なくなった。これが監督の見通しミスであることは否めない。


この状況において「監督辞めろ!」と声を荒げるのは誰でもできる。
誰でもできるからこそ・・・、ここは歯を食いしばって喜怒哀楽の「怒」「哀」の部分を楽しんでみてはどうだろう。

要は、長くファンをしていれば、「喜」「楽」だけじゃやっていけるわけもなく。
負の感情に苛まれることも多々あろうが、それも長い球団史における「混迷の時代」だと割り切って、
そのよくない状況をいかに脱していくかを楽しんでやるというのも一つの手だと思うのだ。


まあいつぞやの記事で書いたように「ボロクソ言うのも良いじゃない!」というスタンスを変えるつもりはないし、
この状況をいかに楽しむかを考えたときのひとつの提案ということで、参考にして頂ければこれ幸いです。


なんやかんやでファンを辞めることなんてできっこないのだから、楽しんだ者勝ちだと思う。




スポンサーサイト


フォローお願いします!


banner_03.gif

↓訪問数増加にご協力ください
にほんブログ村 野球ブログ 中日ドラゴンズへ

この記事のURL | 2010.06.18(Fri)23:55 | チーム全般 | Comment : 00 | Trackback : 00 | 


 
FC2カウンター
プロフィール
最近のコメント
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2ブックマークに追加する
FC2アフィリエイト
FC2ブログランキング
FC2ブログジャンキー
カレンダー(月別)
QRコード
リンク
ブログ内検索
ブロとも申請フォーム
RSSフィード
メールフォーム
 

てんぷれぇ~と by HemoSTATION
 テンプレート配布ページ