イレコミ!ドラゴンズ

黄金期の軌跡を形に残しときたくて削除せず放置してます
[中日ドラゴンズ] [スポーツ]

●1-2横浜





「解せぬ!」





というのが中日ファンの総意だろうと思う。


さすがに落合信者を自認する私でさえ「落合トチ狂ったか」と思わざるを得ないほどの不可解なセサルスタメン起用なのだが、
よくよく考えりゃセサルがいようがいるまいが打線の酷さは深刻であり、たまたま敗れたから余計に「セサルがいなければ
もう少し違った展開になっていたかも」などと無意味な結果論でも愚痴りたくなるのだろうが、それにしても、である。


このスタメン起用だけは、やはりどう擁護しようとも「解せぬ!」ことに変わりはない。
それは内容の「な」の字もないような淡白な四打席を見れば誰の目にも明らかなのであるが。



それでも私は考えた。セサルスタメンに、どんな意味が込められているのかを。
そして、考えるのも飽きてきてパラパラとドラゴンボールを読み直していたら・・・そこに答えがあった。


とりあえず下のコマを読んでほしい。









亀仙流の修行方法に「重り修行」というものがある。

これは平素より重りをつけた状態に慣れることで、実戦時に重りを取った際に身体がおそろしく軽快になるという修行方法
で、ドラゴンボールを読んだ全国の小中学生がこぞって真似をした修行でもある。


で、これがどうセサルと繋がるのかだが。
ご承知の通り、現在打線は過去10年で最悪とも言える貧打に陥っており、あれこれと思考錯誤はしたもののどうも効果がな
い。そこで落合は考えたのだ。「そうだ、打線に重り(セサル)を付けてみよう」と。


そして重り(セサル)をつけた打線は、予想通り10安打を放ちながらわずか1得点と、ものの見事に機能しなかった。
そりゃそうだ、重りをつけたまま100m走に出場するようなもので、まともに戦えるわけはない。

しかし落合からすればそんなことは百も承知。
セサル起用の真意は、あくまで重りを取った火曜日からの戦いを見据えてのことだったのだ。


いわば何をやってもうまくいかなかった打線への最後の手段が今夜のショック療法で、おそらく火曜はこれまでの
「重さ」が嘘のように軽快に躍動しまくる新強竜打線が見られることだろう。



というのが、落合信者が捻りだした最大限の「擁護」である。
やっぱ無理あるなー。





今日の一曲♪僕達は天使だった/影山ヒロノブ(1993)

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コメント
この記事へのコメント
んー、横浜戦の負け越しは非常に痛いですね。

私もセサルの起用は擁護できません。

一応、大家との相性が良かったからなのであろうが・・・

とにかく優勝の可能性のある限り応援します。
2010/08/29(日) 23:24:05 | URL | ukon #-[ 編集]
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